『正しく生きる』の 取材余話(立石泰則氏 寄稿)~11

それでも私は、完全に納得できたわけではなかった。

 というのも、長年の取材経験から「創業(者)精神」や「企業理念」、「経営理念」といった企業の目指すべき姿や方向性などは、創業者だけが創り出せるものだと確信してきたからだ。そして二代目社長以下が、創業者が創り出した「経営理念」等を引き継ぐとともにそれらに基づいて会社を運営すれば、経営は安定し会社も発展すると考えていた。それゆえ、経営不振に陥ったり倒産する企業は引き継ぎがうまくいかなかったか、ないしは創業精神や企業理念に反する事業活動を行った結果と考えるようになっていた。

 それに対し、ケーズデンキでは社長の権限が委譲される過程は理解できたものの、肝心の創業精神や企業理念が生み出されていった過程は私にはいまひとつ分からなかった。そんな私の疑問に対して、修一氏は「(父・馨氏と)東日電の勉強会で一緒に勉強し、会社のことも一緒に考えてきたから、自然と(父・馨氏と)同じ考えになった。だから、父が決めたことに反対することはなかったというか、自分も同じ考えだったからね」と淡々と語るのだった。

 しかし修一氏の説明は、私を得心させるどころか新たな疑問をもたらした。
 というのも、私にはかつて日経系の経済誌で「後継の研究」というタイトルのもと、二世経営者の連載記事を執筆した経験があったからだ。そのとき、食品や証券、アパレルなど様々な企業の二世経営者を10人程インタビューしたが、彼らは「父親は乗り越える存在」であり、「経営者としては永遠のライバル」だと異口同音に語ったものだった。それらの言葉がいまもなお私の心に強い印象として残っている。つまり、二世経営者の彼らにとって、後継問題とは何よりも「親子の問題」であったのだ。

 一方、修一氏のこれまでの説明に従うならば、馨氏との間には「親子の相克」はなかった、ということになる。同じ考えなのだから、当然といえば、当然なことである。しかし親子とはいえ、別人格の2人がまったく同じ考えになれるものだろうかという私の新たな疑問は解決されることはなかった。

 それゆえ、私にとって『正しく生きる』の取材・執筆は、私の心に燻り続けた「ケーズデンキでは、『創業(者)精神』や『企業理念』、『経営理念』はどのように創り上げられてきたのか」という疑問を解くための再挑戦でもあった。さっそく私は、加藤馨氏のインタビュー速記録を精読し直すとともに、修一氏や次男・幸男氏など関係者への取材を深めていったのだった。そして、ひとつの手がかりを「よつば電機の救済合併劇」に見出すのである。

1991年7月4日の日経新聞紙面
カトーデンキのよつば電機買収を報じる1991年7月4日の日経新聞(読めないように文章はぼかしています)

 よつば電機(本社・福島県相馬市)は、東北各地で積極的な多店舗展開を繰り返し出店店数が50店舗を超えるまでに急成長した家電量販店チェーンである。ところが、バブル経済の崩壊で資金繰りを急速に悪化させて経営難に陥ってしまう。しかも何ら有効な対策を講じなかったため、債務超過になり事実上の倒産状態になるのだ。そこから「よつば電機の救済劇」が始まるのだが、いろんな噂が飛び交ったものの実際に救済に手を挙げたのはケーズデンキ(当時はカトーデンキ販売)1社だけであった。

 その頃のよつば電機は、年商100億円程度で13億円もの債務超過に陥っていた。それに対し、ケーズデンキは年商220億円、経常利益9億円、純資産4億円、資本金10億円の中堅企業に過ぎなかった。そのケーズデンキが金融機関からの借入金100億円を肩代わりした上に13億円の債務超過まで背負い込むのは、余りにも負担が大きすぎると見られていた。当時の家電メーカーの営業担当役員らは「共倒れになってしまうのでは……」と本気で心配したほどだったという。

社内報「ひろば」1991年秋号
社内報「ひろば」1991年秋号で、よつば電機買収について加藤修一社長自ら社員に向けて説明している

 そのような最悪の環境下にもかかわらず、加藤修一氏はよつば電機を子会社化したうえで再建に乗り出すのである。そのさい、私が注目したのは子会社化した翌日には、新社長に就任した修一氏が全従業員に対してボーナスを満額支払ったことである。その意図を「『がんばらない』経営」で、私は修一氏の言葉として次のように記述した。

《(前略)会社再建の第一歩としてよつば電機に残っていた社員全員にボーナスを払うことから始めたことです。彼らは経営悪化を理由に給料は遅配がちでしたし、ボーナスもあっても遅れたり、減らされたりしていたんです。払うべきボーナスをちゃんと払うことで、前の社長と今度の社長の私は違いますよというところから始めて、残った社員には私の話をきちんと聞いて欲しいと思ったのです

加藤修一著『すべては社員のために「がんばらない経営」』(かんき出版)より

 修一氏の説明を当時の私は素直に受け取り、何の疑問も抱かなかったというか、「ボーナス満額支払い」の意味を深く考えていなかったのだ。というのも、よつば電機の救済・買収はケーズデンキにとって最初のM&Aでもあり、その成功のためにはよつば電機の全社員を一丸にして再建に臨む必要があったからだ。つまり、当時の私は、社員のモチベーションを最大限に引き上げるもっとも有効な方法だと考えたのである。しかし私は、その後『正しく生きる』の取材を深めていく中で、あまりにも表層的な理解だったことに気づかされる。

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