『正しく生きる』の 取材余話(立石泰則氏 寄稿)~12
そこで私は『正しく生きる』では、子会社化した翌日、つまり加藤修一氏がよつば電機の新社長に就任した当日にボーナスを支払ったこと、さらにその金額が「満額」だったことを改めて強調したうえでこう指摘した。
《よつば電機の経営悪化はひとえに経営者の怠慢からであって、社員にはいかなる責任もないという加藤からのメッセージ》であり、《その考えに基づいて行動しているというアピール》でもある、と。
さらに私は、先代・馨氏と二代目社長の修一氏に共通する経営者の資質として《お金の使い方がとても綺麗な経営者》と評した。
先代は働きに見合った賃金を支払うべきだという考えで、お金を出し惜しみするような経営者ではなかった。当然、支払いの方も遅延等がなく、文字通り速やかに支払われる綺麗なお金の使い方であった。また、先代にとって会社にどれほど貢献したかが重要であって、社員かパート、ないし子会社の社員かはまったく問題外であった。それゆえ、長年勤めたパート従業員が退職するさい、就業規則の関係で会社から退職金が支払われないと聞かされると自分のポケットマネーを充てたほどである。
一方、二代目の修一氏は、個人で所有していたケーズデンキ株40万株(当時、10億円相当)を担保に金融機関からよつば電機へ5億円の追加融資を実現させ、それを原資にボーナスの満額支払いをしていた。修一氏もまた、支払うべきものはさっさと支払ってしまうという綺麗なお金の使い方をしている。よつば電機の社員にとっては、たしかにハッピーだったに違いない。しかしもし再建に失敗すれば、修一氏には担保の40万株は戻ってこない。社長とはいえども、個人で会社の5億円ものリスクを背負うべきものなのだろうかと、新たな疑問が湧いてきた。
私は改めて、先代・馨氏と二代目社長・修一氏の経営観や従業員に対する見方などを比較検討してみた。とくに、人件費に対する2人の考えに注目した。
企業の決算書では、人件費は「固定費」として処理されている。つまり、コストというわけである。たとえば、企業が経営難などに陥るとコスト削減がすぐに叫ばれるが、そのさい、先ず対象にされるのが固定費である。その固定費の大部分を占めるのが人件費で、経営難に陥った企業がすぐにリストラに走るのは、そのためである。
それに対し、馨氏も修一氏も、人件費を単純に「コスト」とは見なしていない。コストの側面を押さえつつも、人件費を始め人材育成に関する諸費用を「投資」と捉えてきたように思える。たとえば、利益を増やしたいと考えるのなら、それに必要な投資が欠かせないのは当然である。つまり、より多くのリターン(利益)を求めるのなら、それまで以上の大きな投資は不可欠なのである。
事実、馨氏が社員の募集で給料を相場の2割から3割も高く設定したのは、より多くの優秀な人材を求めたからに他ならない。そしてその彼らこそが「新たな価値を生み出す」力を持っていると、馨氏は判断したのである。それゆえ馨氏は、会社を持続的に発展させるためにより多くの利益を常に求めたし、社員等の「人」に対して投資し続けてきたのである。
修一氏も馨氏と同じ考えであることは、ボーナスの満額支払いの経緯を見れば、一目瞭然である。よつば電機を再建するには、残った社員の能力をそれまで以上に発揮できる環境を整えることが欠かせない。修一氏もまた、再建のためより多くのリターンを求めて、全社員にボーナスを満額支払うという「投資」をしたのである。
馨氏と修一氏の共通する考えや理念を踏まえて、私は『正しく生きる』で2人の関係をこう書いた
《その意味では、先代・馨と修一は親子とはいえ、経営理念のみならず経営者としての生き方も瓜二つだと言えるかも知れない》
よつば電機の買収でもう一つ学んだことがあります。ケーズデンキの子会社にした翌日の七月一九日に、会社再建の第一歩として、先方の社員にボーナスを払うことから始めたことです。
加藤修一 著『すべては社員のために「がんばらない経営」』(かんき出版)
社員の心が安定しなかったら再建はできません。彼らはそれまで経営悪化を理由にボーナスをもらえずにいました。払うべきボーナスをきちんと払うことで、前の社長とは違う私の経営方針を全社員に説明の上、理解を求めました。
ボーナスに関しては、タイミングもよかったのです。ケーズデンキはそのころ株式分割したばかりで、一〇億円相当の私名義の株券がありましたので、それを担保に銀行から五億円の融資を受け、ボーナスの原資にしたのです。
今から思うと大胆すぎましたが、これから一緒に働く人たちですから大切ですし、彼らが辞めては店は成り立たなくなる、辞めないようにするにはどうしたらいいかと考え抜いての行動でした。
後日聞いた話ですが、先方の社員の皆さんは「よかった、会社はこれで大丈夫だ」と喜んでくれたそうです。その後の再建がスムーズにいったことを考えると、この判断は正解だったと思っています。
「第3章 会社は脱皮してこそ成長する」より ※参考として研究所が引用しました