お客様のための「本当の親切」を考える

多くのサービス・小売業が「お客様第一」を掲げ、「親切」を標ぼうしています。自社店舗の強みを「親切」と語る企業も少なくありませんが、「親切」は競合との差別化になりうるのでしょうか? 

家電を例にあげるなら、昔秋葉原などの電気街にあった「バッタ屋」は親切ではありませんでした。売りが「安さ」だけなので、サービスや親切とは無縁で、商品を購入する際には型番だけで指定しなければならず、商品説明などは一切ありません。支払いも現金のみで、持ち帰りが基本です。今の時代から見ればとても不便ですが、一般的な電気屋ではとても買えない安い価格で買えると話題となりました。この当時、「安さ」と「サービス・親切」は相反する関係だったと言えるでしょう。

しかし、今は時代が違います。「品揃え」「安さ」「親切・サービス」は当たり前の要素です。商品は正規の仕入れで、立地や店舗規模により多少品揃えや価格に差はありますが、ごく一般的な家電について大きな差はありません。チラシ掲載価格を比較すれば、高額な冷蔵庫やエアコン、洗濯機などでは4000~5000円の価格差があることもあります。しかし、これも店頭ではすぐ価格対抗しますし、そもそチラシ掲載価格や店頭表示価格からいかに値切るか、価格交渉が当たり前になっています。

「品揃え」「価格」だけではなかなか差別化が難しい状況だからこそ、また価格だけならネット通販も使える時代だからこそ、リアル店舗で相対する「親切」は特に大切な要素となっているのです。価格比較して自分の判断で買えるなら、接客や商品説明は不要でしょう。しかし、スペック比較だけでは分からない、自分の生活や利用目的に本当に最適な機能や性能を知るために、そして購入商品を決断する最後のひと押しとして、親身のアドバイスが必要なのです。

加藤馨氏は「親切」について、以下のように語っています。

親切は誰でもできますが、ただ人に親切にしたのでは相手の人はそれを正しく受けてくれないものです。それは、人間には他人に対する警戒心というものがあって、良いことを簡単に教えてくれないと思っているからです。親切は、愛情をもってしてやらないと相手に通じません。愛情とは相手の身になって考えてやってこそ通ずるのですから、愛情ある行動を身につける人間になりましょう。そういう人になることによって、信用ある人間となる事ができます。

加藤馨氏「回顧録」より

この考えは、ケーズデンキの最初にできた支店「駅南店」出店の際に加藤馨氏が作成した「我が社の信条」に、「我等は今日一日を親切と愛情を以って働きましょう」という一文として記され、現在も引き継がれています。加藤馨氏は常々「一番大切なのは誠実」と語っています。「誠実」を具体的に示したものが「親切と愛情を以って働く」ことなのです。

「親切と愛情を以って働く」というのは、何もお客様に対してだけではありません。社員同士のサポート、あるいは管理職と部下、店舗と本部のコミュニケーションなど、あらゆる関係において「親切は、愛情をもってしてやらないと相手に通じません。愛情とは相手の身になって考えてやってこそ通ずる」と加藤馨氏は示しているのでしょう。

親切で競合に勝てるのか

加藤馨氏がラジオ修理店を立ち上げ、水戸を中心に展開する家電量販店を展開していた時代は、比較的近いエリアに住むお客様が中心です(とはいえ地域家電店よりは広い商圏ですが)。誠実な商売は、信用につながり、お客様も増えたでしょう。しかし、競合が増え、価格競争が激化し、家電量販店サバイバルの様相を呈してきた時期にも通用したのでしょうか。

競合に勝つための手段は、特別な仕掛けやテクニックではありません。加藤修一氏は1988年の新年の挨拶で「競合に勝てる店」について語っています。

家庭に入るチラシや店の周りを見てもすぐ分かるように、競合店が非常に増えました。こうしたきびしい競合環境の中で、どうしたら昨年以上の成績が上げられるだろうか——そのことについて、もっと真剣に考えていかなければなりません。安いチラシをまけば、その時は客が来てくれるかもしれませんが、それだけでは力のつく商売にはなりません。カトーデンキへ行けば、欲しいものはなんでもあるし、店も明るくきれいで、社員のあいさつも気持ちがいい。それに、商品については納得のいく説明をしてくれるし、アフターサービスもよい。さらには、値段の割りには良い品物がそろっているなど、気楽に、安心して買い物をしてもらえる店のイメージをつくりあげる、そのことが競合店に勝てるポイントだと私は考えています。

親切であるためには、仕事に余裕が必要です。そのためにカトーデンキでは、個々の販売員にノルマは課しませんでした。「月刊家電ビジネス」1985年10月号の取材で加藤修一社長(当時)は以下のように語っています。

「(会社として)力を蓄えるところまではなかなかいかない。企業である以上、そういうことはあり得ないでしょうね。
 しかし、余裕をもって仕事をしていかなければならないと考えています。余裕があれば、未来投資だけを考えて商売をしていける。将来売り上げが増えるとか、利益が増えるという布石が打てる。
 ところが余裕がなくなると、すべてが悪い方向へ回りはじめるんです。その日だとか、その週の売り上げを追いかけなければならないようだと、例えば今日だけ安く売るということをやる。たしかに、その日の売り上げは伸びるかもしれないが、以前に高く買ったお客さんは不信感をいだいて店から逃げるかもしれない」。
 常に将来の需要への「種まき」を考え、「月々の売上げは、いってもいかなくても悔いはない」と言い切る加藤社長。
世の中には徹底して刈り取りをやる店もあれば、種をまく店もある。私らも刈り取りはやるんだが、種をまきながら刈り取りをやる。常に余裕をもつて、種まきだけをやれば良い、刈り取りは自然に成ったものだけを取れば良い、という考えでやりたいと思っています」。

「月刊家電ビジネス」1985年10月号「流通再編時代の中堅企業――茨城・カトーデンキ 最終的に競争に勝つには“人の力”の強化しかない」より

販売員にノルマがあれば、件数を達成するために一人のお客様に長い時間をかけられない場合が出てきます。目標件数や目標金額が厳しければ、今接客しているお客様に対して手っ取り早く値引きして売って、次のお客様に向うといった行動をとらざるを得ないこともあります。時にはお客様をだますような説明で無理やり売ってしまうかもしれません。これでは「親切と愛情」をもった仕事とは言えないでしょう。

競合よりも過激な目を引くチラシやセールといった販促を打てば、一時的に売上を向上できるでしょう。しかし、販促を止めれば効果がなくなりますし、逆に買おうとしていたお客様の需要を先取りしてしまい、反動が生じかねません。結果として過激な販促を止められなくなり、お客様が販促に慣れてしまったらより過激にしないといけなくなります。これでは「無駄な労力」ばかりが増えていきます。加藤修一氏がよく語る「テクニックは使うな」という言葉は、まさにこのことを指しています。

「親切と愛情」を持った仕事をするためには、目先の結果を求めるような状況を避けなければなりません。日々の接客を「将来への種まき」だと考えてこそ、「親身」の接客ができるのです。今している接客は「将来の売上」につながるもの、そして「将来の売上」をより高く積み上げていくことで、店舗の実績が無理なく継続的に向上していきます。そうやって着実に収益を高めていけば、その間に「無駄な労力」を重ねてきた競合は、無理がたたって倒れていく――「がんばらない経営」の根底には、このような戦略的なアプローチもあるのです。

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