がんばらない=能率を上げる

今流通企業で働いている人が、加藤馨氏の経営思想、創業精神を知ろうとしても、ケーズデンキの古い社内報のほかには、ほんの一部の新聞・雑誌記事が残されているのみです。ほかには、加藤馨氏に直接取材したジャーナリストの立石泰則さんが執筆された「戦争体験と経営者」などの書籍、あるいは加藤修一氏の著書や発言で加藤馨さんのエピソードを知ることができます。

特に貴重なのが映像資料です。1986年(昭和61年)12月に放送されたテレビ朝日『モーニングショー』の名物コーナー「宮尾すすむの ああ日本の社長」にカトーデンキ加藤馨会長(当時)が登場しています。優しそうな笑顔でレポーター宮尾すすむ氏の質問に答えている加藤馨氏の姿、そして1988年に病いで亡くなられた芳江夫人の元気な姿も見ることができます。

その番組映像の中で以下のようなやりとりがあります。

宮尾「商売というのはどうすれば儲かるんですかね」
会長「信条として、『品質が良い』『値が安い』『サービスが良い』という3つの目標を実行してきています。そういうことを誠実に実行することが、まあお客さんの信頼につながるんです」
宮尾「しかし、ある程度の利益がないと、会社の成長というのもない」
会長「利益は『能率』の中にあるんです。事業の利益というのは」
宮尾「能率を上げるためにはどうしますか?」
会長「当社の場合、各人が自分が受け持っている仕事を、この会社の中で一番自分が上手によくできる人間になるんだという信念ですね」
宮尾「若い人がたくさん入社してきますが、若い人にまず言うことは、どういうことですか?」
会長「自分が割り当てられた職業が、職場が、自分に不向きだと思ったら、申し出てもらう、そして向く職場に代わってもらうということなんです。それを黙っててですね、いやいやながらやってるといやになって辞めていくことになる。やはり一番の基本は、適材適所。向かない仕事につかせると、まあ勉強にはなるかもしれないけど、それは企業の能率を上げる方法じゃないんですね。
宮尾「僕でも社長になろうと思ったらなれますかね」
会長「ははは、いつでもなれますよ」
宮尾「なれますか!」
会長「成功するかしないかはわかりませんけど」(一同笑い)

「宮尾すすむの ああ日本の社長」(テレビ朝日)より ※言い回しは多少手直ししています
  • 事業の利益は能率の中にある
  • 適材適所。向かない仕事に就かせることは勉強になるかもしれないが、それは企業の能率を上げる方法ではない

名言です。個人店舗のような小さい店舗は、自分で何から何までやらないといけませんから、オールマイティ(全能)な能力が必要です。しかし、会社が大きくなると、オールマイティな人間ばかり大勢集めることは困難です。組織が大きくなれば、業務も増えるので「分業」による能率化が大切になります。そして、分業による能率化を最大化するために必要なのが「適材適所」なのです。

このような発言が、宮尾すすむとの軽妙な会話の中で自然と語られていることに驚かされます。「不向きだと思ったら申し出てほしい」「いやいやながらやってるといやになって辞めていくことになる」。人を雇い、いかに活躍してもらうかという視点は、現実的かつとても社員思いと言えるでしょう。

社内報で語った生産性の向上

1989年春のカトーデンキ社内報「ひろば」でも、加藤馨会長(当時)は「提言 生産性の向上に就いて」で生産性についてほぼ同じ内容を話しています。

我が社の信条の中に、我等は今日一日を生産性の向上に努力しましょう。と言う言葉があります。生産性とは労働生産性のことで、一人の社員が全社員を平均して一ケ月の間にいくら働いたかということを金額にして表わしたものです。ですからこの金額は、高く(大きく)なればなる程、その会社の経営は能率が良いことになります。会社の優劣は、この金額の高いか低いかできまり決して会社の規模の大小できまるものではありません。労働生産性の高い会社は順調に業績が向上して、年毎にその会社は大きく成長発展して行くものです。

又重要なことは、この労働生産性とそこで働いている社員の給与(給与+賞与+福利厚生費+退職金等)に大きな関係があります。一般的に考えますと会社で全社員に支払う給与額(人件費のこと)は労働生産額の30%~35%が日本では普通です。ですからこの労働生産性が2倍に高くなれば給与も2倍にすることが出来るのです。

それでは、この労働生産性の向上はどうしたら実現することが出来るのでしょうか。これがためには、先ず全社を上げて自分が受持っている仕事の能率を向上させることです。直接営業に携っている人は勿論のこと、事務をやる人も仕入れをする人も、その能率の向上目標を一五〇%になるように考えて努力することであります。仕事と言うものは、向上心を持って当たれば自分の仕事の改善すべきところに気付きます。それを毎日毎日繰り返して行きますと、自分の職業と言うものに非常に興味が出て来ます。今日は何を改善しようかと朝考えて仕事に取りかゝる毎日は、どんなにスバラシイ人生で楽しいことゝ思います。さあ今日からこの気持で仕事に取組みましょう。

カトーデンキ社内報「ひろば」1989 Springより抜粋

規模ではなく、能率=生産性の向上こそが会社の優劣を決める。そして生産性の向上を実現するのは、社員一人ひとりが「向上心を持って」仕事にあたることで「改善点」に気づき、「修正」していくことを「毎日繰り返す」と加藤馨氏は強調しています。

仕事を繰り返していれば、仕事に慣れ、作業効率が上昇します。さらに自分の仕事に興味を持ち、改善し結果につなげるというモチベーションが高まれば、「仕事が楽しく」なり、人生も充実します。そのような社員が多くいれば、会社全体の能率も向上するのです。そのために必要なのが「適材適所」です。いやいや仕事をしていれば、好循環は生まれません。

そもそも、生産性の向上は、本部が指示を出して行動を統一させるなどの工夫で成し遂げる性質のものではありません。チェーンオペレーションによる生産性向上、利益率向上はあくまで土台です。社員の人生を充実したものにすること、そして会社の生産性向上。「適材適所」により両者のベクトルを重ねてきたことこそが、ケーズデンキが創業以来64期連続の増収、そして継続的な増益を重ねてこられた一番の要因と言えるのではないでしょうか。

減点方式の評価より適材適所

一般的に、流通業界はどうしても「減点」方式の人事評価が目立つ傾向にあります。「彼は〇〇はいいけど、△△が苦手だからまだまだ勉強が必要だ」「現場で高い実績を出したのに本部でこの業務ができないのはおかしい」「転勤できないなら昇格はない」。「あの社員は使えないからほかの店に異動させてくれ」といった要望を出す店長もいます。組織が大きくなるにつれ本部が強くなり、会社への忠誠心、本部の考え方への同調を社員に求めがちです。競争が激しく日々結果を求められる流通業には余裕がない面もあるでしょう。しかし、雇用した人にいかに活躍してもらうか考えることは大切なマネジメントです。「向いていない」仕事を強制していやいや仕事をさせたり、報酬や評価の点で罰を与えたりするのではなく、いかに本人が業務に興味を持ち、能率を向上できるかを考えたほうが、店舗も会社もうまく回ります。「がんばれ」「努力しろ」と叱咤しても組織は回りませんし、一時的に生産性が向上しても持続しません。

「社員を大切にする」ことは、『がんばらない経営』の重要な要素です。しかし、ただ社員を甘やかすのではありません。社員自らが興味をもって前向きに自身の業務に取り組める環境をつくり、社員の、そして会社全体の生産性を向上させ、報酬や労働環境の向上というかたちで社員に報い、社員一人ひとりの人生を充実させることと言えるでしょう。「社員を大切にする」「生産性の向上に努力しましょう」――一見誰にでも分かりそうなフレーズですが、表面的な考え方や行動に陥ることなく、その本質を正しくとらえなければなりません。「ああ日本の社長」で笑顔で本質を語る加藤馨氏を見て、改めて言葉の本質をとらえる大切さに気づかされました

1986年12月放送のテレビ朝日「モーニングショー」内「宮尾すすむの ああ日本の社長」コーナーで笑顔で質問に答える加藤馨会長(当時
1986年12月放送のテレビ朝日「モーニングショー」内「宮尾すすむの ああ日本の社長」コーナーで笑顔で質問に答える加藤馨会長(当時) ※放送当時の加藤馨氏の姿とカトーデンキ店内を知るための引用です

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