事務所の随所に見える合理性

「加藤馨経営研究所について」に記したように、加藤馨経営研究所の事務所は、かつてのケーズデンキの柳町本店であり、創業者の加藤馨氏が引退後も事務所として過ごしていた場所です。3階建て建物の1階には、ケーズホールディングスの監査室が入っていますが、本社の人が訪れることはほとんどありません。

加藤馨氏が、カトーデンキ販売株式会社の社長だった時代の社員も年齢的に残っていません。加藤馨会長時代の社員はいますが、それでも社内報や創業祭といったイベントでしか接点がない人がほとんどでしょう。かくいう私も「月刊IT&家電ビジネス」という業界誌に在籍していた時にケーズを何度も取材していますが、加藤馨氏に直接お会いしたことはありません。

柳町事務所の書類棚
新しいものから古いものまで、
書類がしっかりファイリングされている

しかし、研究所設立のために柳町の事務所に通うようになり、馨氏が残した資料や日記、写真などを整理していると、会ったことがない馨氏の息遣いを随所に感じられます。きれいにファイリングされた資料からは几帳面さが感じられます。単なる几帳面ではなく、徹底的に合理的です。日々のさまざまな取引、水戸市内の高齢者施設などに設備を寄贈する際の見積書や図面、しっかり隅まで目を通し納得いくまで検討しています。また、いつどのようなことをしたのか、後日確認できるようしっかり記録を残しています。いつ、だれがどのような用件で来たか、昔の業界仲間や戦友、親族とのやりとりなど。

几帳面だから堅苦しい人かというと決してそうではありません。カトーデンキ販売株式会社設立時のエピソードのように、社員思いで、戦後の残留孤児問題や日々の事件や事故にも心を痛めています。情に厚いが情だけに流さることはなく、しっかり物事の本質を見抜いて現実的な対処を考える――情と合理性が相反することなく、絶妙に相互補完しているという印象です。

そんな中でも、設備や機器に関するちょっとした加藤馨氏の行動を紹介しましょう。事務所にあるファックスや電話には、日々よく連絡する連絡先がシールで張られています。これは珍しくありませんが、ファックスの裏面を見ると、今度は紙詰まりの対処方法が貼ってあります。「1.紙のつまったときは之を明けて 2.ねじを脱して紙を前方下からとり除く」。

FAXに貼られたメモ書き
事務所で使用されていたファックスにはよく使う連絡先の番号がシールで貼られている

ファックス背面のメモ書き
ファックス背面には、紙づまりへの対処方法のメモが貼られている

また、事務所の男子トイレを使うと、人感センサーで水を流す自動洗浄機の近くにもシールが貼ってあります。「自動洗浄機取付 14年9月17日 乾電池はアルカリ単3号 5年毎に取替へて下さい」。その下には、電池を交換した日付が連ねられています。この電池交換履歴の更新は今年(令和2年)になってもケーズホールディングス監査室がしっかり引き継いでいます。

トイレの自動洗浄機についてのシール
男子用トイレの自動洗浄機にも、取付日と電池の種類、
さらに電池の交換履歴が記入できるシールを貼っている

そのほかにも、ラジオや時計、カメラ、家電、事務用品などいたるところに購入日のシールや油性ペンでのメモ書きがあります。見た目には決して美しくないかもしれません。しかし、必要な情報が一番目につくところに貼ってあれば、古くなった機器の買い替えやメンテナンスもスムーズに行えます。非常に合理的です。逆にいたるところにメモがあるので、むしろ整然さすら感じます。

このような合理性も「がんばらない経営」の土台になっています。たとえば、市場が好調な時は既存店に注力し、売り上げが下がる不況時に出店する「好況充実、不況拡大」。これも“逆張り”経営ではなく“合理的”な経営です。不況時は土地も余り、人も雇いやすくなり、不況であっても業績を底上げできます。合理的に考えれば、逆張りではなく“順張り”です。

このような合理的な考え方は、父親である馨氏の考え方を日々見てきた加藤修一氏にもしっかり引き継がれています。「がんばらない」とは、できもしないこと、無理なことを社員に押し付けることなく、合理的に考えを突き詰めて社員が「がんばらずに済む」方法を編み出す経営といえるでしょう。

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