昭和33年の加藤電機商会に見る「がんばらない経営」の原点

「がんばらない経営」の土台を築いた加藤馨氏ですが、加藤馨氏に関する新聞や雑誌の記事はあまり残っていません。昭和22(1947)年3月に茨城県水戸市元台町の借家にラジオ受信機を主体とする販売・修理業を開店。昭和48(1973)年に息子の加藤修一氏(当時専務)に社長を譲りました。その後、平成7(1995)年に名誉会長に退きます。加藤馨社長の時代は、メーカー系列店が生れ、その後混売店が登場し、量販店へとまさに移行し始めた時期です。まだまだ全国に多くの家電店があり、加藤電機商会が(初期のカトーデンキを含め)メディアに取り上げる機会が限られていたのもしかたありません。

柳町の事務所で資料を整理していて、初期の加藤電機商会を取材した新聞記事が1本だけ見つかりました。昭和33(1958)年4月16日の新聞「いはらき」(現:茨城新聞)の「土地ッ子」という連載記事です。商売を始めて約10年。店舗は昭和26(1971)年に根積町(現在の柳町)に移転していますが、まだ売場6坪に住居12坪という平屋の建物。現在残っている3階建ての建物への建て替えは、昭和39(1964)年です。

間口三間、奥行五間の小じんまりとした店。だがラジオ、テレビをはじめ一般家庭電機器具や各種部品などが所せましと並べられ、活気があふれ一見して繁昌している店であることが分る。しかし店のあるじ加藤馨さんはズブの素人からスタートしたもので彼の歩んだいばらの半生—軍刀下げた将校さんからラジオ屋さんへの転換は日本のある時代の商法を象徴しているのかも知れない。

――新聞「いはらき」1958年4月16日「土地ッ子」より

当時の有限会社加藤電機商会は、加藤馨氏が代表取締役で、奥様の芳江氏が専務。その他従業員は4人で、1人は住み込みだったといいます。

「私は変りものです。」と語り出した。(中略)子供のころから機械いじりが好きで、パイロットを志願、航空通信を学んだ。そして満州、朝鮮、支那、ニューギニヤをまわり、さる十七年豊岡陸軍航空士官学校から吉田通信学校教官となったのが水戸とのえんのはじめ。二十年春学校の近くに住み、鉄道員の娘である芳江さんと恋愛結婚した。この若い中尉さん新婚の夢さめやらぬうちに終戦、露頭に迷った。結局陸軍時代に習得した電気通信の技術を生かして「電気屋」になることを決心、二十二年三月市内元台町に店を出した。店には中古ラジオが五台ぐらい。
加藤さんは自転車で各家庭を回り、ラジオの修理をやるとともに月二回ぐらいはリュックを背負って部品の買出しに東京まで出かけた。奥さんはミシンとあみもの、新聞配達までやって家計を助けた。二十六年六月やっと現在の場所に店を持つまでになったのである。

――新聞「いはらき」1958年4月16日「土地ッ子」より

戦争が終わって職を失い、職業安定所に通うも「元将校には職業を紹介しないよう占領軍から指令がきている」と知らされ、生活のため自分で商売を始めます。加藤馨氏は回顧録で「芳江の家の道端にラジオ修理の手書きの看板を出したところ、週に2~3台位注文があり、これを直して何とか最低生活をして暮しました」と振り返っています。その後、念願の店舗を元台町に借り、昭和25(1950)年に根積町の土地を購入、翌26年に新店舗を建てて移転します。

単独店、いわゆるパパママショップという商売スタイルですが、当時から加藤馨氏の考え方は徹底的に理詰めで、合理的でした。まだまだどんぶり勘定の店が多かった時代、その考え方は非常に先進的と言えます。

加藤さんのモットーは誠実第一主義。電機器具の値段はアフター・サービスの可能な範囲ぎりぎりにまで下げて売る。かけ値などは絶対にしない。そして消費者には器具の長所短所をはっきり言ってやる。売ろうとするのではなく家庭電化計画を側面から応援してやるという形をとる。例えば消費者が東京から比較的安い値段でテレビを買ってきたとする。しかしひとたび故障すれば修理代がかかる。結局長いうちには損となる勘定になるのではあるまいか――など近代商業学の理論を地で行っているのである。

――新聞「いはらき」1958年4月16日「土地ッ子」より

この考え方は今でも通用するものです。「誠実第一主義」という言葉自体はありふれたものですが、加藤馨氏はお客様の目先の損得ではなく、お客様が商品を使用する上での価値、そして使い続ける中でのコストなどをしっかり考え、最終的にお客様がお得になることを最優先に考えます。目先の「誠実さ」ではなく、真の「誠実」です。これは言葉以上に難しいことです。

当時の家電は今よりも高額です。しかも、ローンはまだ普及していませんでした。たとえばテレビ(もちろん白黒)は昭和33年頃に価格がこなれてきましたが、それでも14型で6万円台。当時の月給は厚労省「賃金構造基本統計調査」によると1万6608円ですから、だいたい月給4ヶ月分です。「結局長いうちには損となる勘定」と言われても、お客様が目先の価格に踊らされるのもしかたがありません。そこを真の「誠実」で貫いたのが加藤馨氏の商売です。しかも、「かけ値などは絶対にしない」。値切られることを想定して表示売価をあらかじめ高く設定しておく「かけ値」は誠実ではありません。加藤電機商会で表示している価格には明らかな根拠があり、お客様にとって絶対お得だという“自信”があるのです。さらに、「消費者には器具の長所短所をはっきり言ってやる」「売ろうとするのではなく家庭電化計画を側面から応援」という姿勢で、「誠実」という信念を貫きます。

電気に関する技術は日に日に高度化する。加藤さん一家は朝七時起床、子供たちもそれぞれ自室を掃除する。奥さんは炊事、洗濯など、みんな電気を使用する。八時子供たちが学校へ出かけると約三十分間店員さんを集めて新しい知識の教育。それから開店、夜は八時までとはっきりしている。加藤さん自身の勉強は夜一時間くらいである。それで寝るのはいつも十二時近くになってしまってオーバー・ワークだとなげく。「商店は小さな店ほど遅くまで営業する傾向がある。商店員は実働九時間というのが理想的だが、夜になって家庭から電話などで用を頼まれるとやはり断れない。こうした人情主義は考えもので、家庭と商店の協力態勢によりもっと経済的で合理的な商店経営と取り組む必要があるのではないでしょうか。競争が激化したとはいうもののこうした“悪循環”は改善しなければならない」と続けた。風雲十年、すっかり商人となり、土地ッ子となった加藤さんなのである。

――新聞「いはらき」1958年4月16日「土地ッ子」より

地域電気店の場合、店舗周辺の住民が主なお客様です。商売といえども近所付き合いの延長という面もあり、どうしても「人情主義」になりがちです。もちろん人情主義を「是」とするお店が間違っているわけではありません。しかし、無理をすれば、今提供しているサービス、商売そのものも長続きさせることが困難になります。お客様とお店の「協力態勢」により、「経済的で合理的な商店経営」に取り組む――もともと商売人ではなかった加藤馨氏が、戦後の混乱期に商売を始めてわずか10年で至った発想なのです。

昭和33年に掲載されたこの新聞記事一つからも、加藤馨氏が単なる店主ではなく、「経営」視点を持っていたことがわかります。単なる繁盛店の談話ではありません。今置かれている状況を冷静に、広く長い目で見つめ、そこから本質を見極める――これは「がんばらない経営」の原点と言えます。

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受け継がれた「誠実さ」

加藤馨氏から社長を継いだ加藤修一氏も、ケーズデンキがFC加盟企業の強い要請もあってポイントカード導入に向けて動いていた際、最後の最後の段階で「これはお客様のためにならない」と採用を中止させたことがあります。

「競合店がポイントカードを出します。やらなきゃ負けてしまいます」というのです。しかし、会議で担当者たちの議論を聞いていると首をひねらざるを得ません。「ポイントカードを出せば、粗利が下がる。その分を補うためには、どうしたらいいのか」。ポイン卜発行にかかわるコストを価格に転嫁しては本末転倒です。
お客様を縛らずに自由に選んでもらえるようにサービスをよくすることが本来の商売のはず。利益を削ってまで、レジの手間が増えるポイントカードを出す必要が本当にあるのか。カードの端末やソフトの廃棄などで数千万円の損を出しました。しかし、このときの決断は間違っていなかったと思っています。

――日経MJ「HISTORY 暮らしを変えた立役者 ケーズホールディングス相談役 加藤修一」

世の中で「正しい」と言われているものにも、その後一過性のブームで終わるものが少なくありません。また、ここまでコストをかけたから「とりあえずやってみる」と考える人も多いでしょう。しかし、お客様にとっての「本当の価値」を見極める「誠実さ」があったからこそ、数千万円の損をいとわず決断したのです。

加藤馨氏の「消費者が東京から比較的安い値段でテレビを買ってきたとする。しかしひとたび故障すれば修理代がかかる。結局長いうちには損となる勘定になるのではあるまいか」と、加藤修一氏の「お客様を縛らずに自由に選んでもらえるようにサービスをよくすることが本来の商売のはず。利益を削ってまで、レジの手間が増えるポイントカードを出す必要が本当にあるのか」、この2つの発言は、まさに「がんばらない経営」の精神が正しく承継され、行動に示されたことを表しています。

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