投資家と対話する大切さ
筆者は業界誌に在籍していた際に、家電需要予測や量販企業各社の決算分析といった記事を担当しており、その流れでいくつかの証券会社が主催する機関投資家向けラージ・ミーティング、あるいは個別相談会などを継続的に請け負っていました。機関投資家と言われる人との対話は筆者にとって非常に貴重な体験でした。機関投資家には、信託銀行や保険会社、投資信託などがあります。わかりやすく言うと、顧客から大きな資金を預かり、その資金を株式投資などで運用し、管理する法人投資家が機関投資家です。
投資に縁がない方からすると、機関投資家というと「アクティビスト」を想起する人が少なくないかもしれません。アクティビストというのは、投資先の企業に対し、事業再編などの経営戦略や配当など株主還元について提案することで株価を高め、利益を得ようとする投資家です。よく「モノ言う株主」と呼ばれます。アクティビストも機関投資家ではありますが、あくまで機関投資家の一部に過ぎません。筆者が対話していた機関投資家は、家電市場の中長期動向に目を配りながら、その中でどの企業が今後企業価値を高めるのかを読み、投資対象を検討する、あるいは投資信託などの金融商品に組み込むというケースがほとんどでした。
株式に投資するにしても、東証一部上場企業だけでも2000社以上、新興市場を含めると3500社以上あります。機関投資家もすべての銘柄を、投資対象に値するか判断できるわけではありません。では、どのように投資対象とする企業を絞るのか。機関投資家の投資方針によって異なりますが、業種ごとに担当アナリストを置く会社も少なくありません。筆者が何度も対話してきた機関投資家の場合、「流通セクター」の担当者でした。もちろん一口に「流通」といっても、GMS、コンビニエンスストア、百貨店、アパレル、ドラッグストア、ホームセンターなど、業態は多彩です。そこで、それぞれの業態から代表的(シェアが高い、あるいは市場に強い影響力がある)銘柄を選んで投資対象を検討するといった手法を取っていました。
家電量販企業の場合、機関投資家が注視している銘柄はせいぜい2~3社。それ以外の銘柄は市場を把握するための参考データ、あるいはM&Aによる業界再編期待としてしか見られていませんでした。筆者が担当していたリーマンショック~家電エコポイント反動、東日本大震災といった時期の主要な投資対象銘柄は、「ヤマダ電機」(現ヤマダホールディングス)と「ケーズホールディングス」です。年商3兆円を目指していた圧倒的首位のヤマダ電機は当然として、なぜ業界2位のエディオン(当時)や、都市部でなじみの深いカメラ量販企業ビックカメラではなかったのでしょうか。
短期的な投資であれば、新たな施策や取り組みを発表し、話題性に富んだ銘柄のほうが選ばれるでしょう。しかし、中長期的な投資の場合、投資対象企業の「地力」が問われます。企業としての経営体質が強く、市場動向に左右されず安定的に成長できるか。あるいは今後予想される市場変化に対し、しっかり対応できて今後大きな成長が見込めるか——といった視点です。あくまで筆者の経験上の印象に過ぎませんが、検討される側の企業が思っている以上に、機関投資家もしっかり企業を精査しているのです。
加藤修一氏の発信力
ケーズホールディングスが機関投資家に常に注目されてきたのは、安定成長を続けているという実績だけでなく、加藤修一氏が機関投資家に向けた発信力の高い経営者だったことも大きいと筆者は思います。
一例として、リーマンショックで市場が急速に冷え込んだ2009年中間決算での投資家向け説明会における加藤修一氏の発言を紹介しましょう。普段投資家向け説明会を見聞きする機会がない人も多いと思うので、雰囲気が伝わるよう、長めに引用します。
下期については、かなりたくさんの店ができますので、通期としては確実に売上は前年よりアップするので、創業以来一度も売り上げが前年を下回ったことがないという記録は、まあ単なる記録なんですけど(笑)、引き続き進めることができると考えています。
市況については、大分悪いというようにマスコミ等で言われています。しかし、家電製品というのは、趣味嗜好の商品というより、実用品的な要素が強く、需要は十分にあると思います。私の40年間の過去の経験から言っても、売り上げが1割以上落ち続けるとか、そういう経験はなかった。消費税の駆け込み需要などがあると、次の年になって駆け込みのあった月は、前年に2~3割も伸びた反動で、8掛けになるといったことはありました。しかし、それ以外においては、冷蔵庫、洗濯機、その他の家電品というのは、非常に強い買い替え需要に支えられています。加えて、追い風として、地デジ放送に移行するということで、カラーテレビを薄型テレビに買い替える動きも力強い。10月あたりは、マスコミなどで急に不景気になるという話が出て、やや買い控えられた印象ですが、11月に入ってからはそれほどでもない。今年は寒さが早く来て、季節商品がまあまあ売れています。
どうしても世の中数字が悪くなると、ずっと悪いんじゃないかと思う人がいますが、私は逆の考え。悪いということはあとで良くなるから、忙しくなるから用意しておくようにと話している。家電品は必需品なのでどうしても買われていくし、年々同じ商品だったら値段が下がる傾向にあって、その意味でも買いやすい商品。ですから、ぜひとも家電小売業については、あまり悲観的にならないでいただきたいと思います。
アメリカではサーキットシティが倒産したという話がありました。15年くらい前に勉強会でアメリカに行ったときは、アメリカで一番の電器店だったのに、それが15年後には倒産している。まあ日本でも、家電業界では一番になった順番につぶれるというジンクスがあるので(会場笑)、ケーズデンキとしてはなるべく一番にならないようにしようというのが(会場さらに笑) いや、本当に言ってるんですけどね。やっぱり一番になるとまずいんですね。さらに伸ばそうとしてしまうので、無理がある。その頃も、東海岸でベストバイが活躍していて、西海岸のほうにはまだ店がなく、これから1店目ができるという段階でした。やはり大きな売り場で、ローコストでやっていくというかたちで、なおかつベストバイという会社も親切な感じをもってやっていました。セルフはセルフなんですけど、セルフっぽいんですけど親切だと。サーキットシティは多少コミッションセールス的な従業員に無理に売らせるという体制を取っていたようです。
まあアメリカの話をしてもしょうがないんですけど(笑)、アメリカと同じに日本を考えていただきたいという部分なんです。日本では、家電専門店が、ある程度電化製品を強く売っていて、GMSとかそういうところではほとんど家電製品は売られていない。やはり日本人は非常に専門志向が強く、専門店で買われる。それから接客のあるところで買われるという傾向にあり、ブランド志向も強くて有名メーカーの商品が欲しいという傾向もある。そういう面もあって、日本という市場はまだまだ家電店としては大丈夫というように受け取っています。
その中で、ケーズデンキは中期経営計画を達成すべく淡々と出店をして、スクラップ・アンド・ビルドをしながら、常に効率のいい方に向かってやっていっています。効率のいいほうに向けてどんどん仕事しているんですけども、市場環境がどんどん厳しくなるので、効率を良くした分が全部チャラというか、業績的にはなだらかな上昇であって、急激な上昇にはなっていないんですが、内部的にはどんどん改革をしていこうというふうに考えています。
競合環境を見ると、改革が進んでいない会社が、競争の厳しさの中で効率化が図れず脱落気味になっていると思うんですね。ケーズデンキの場合にはかなりコストを下げようとか、いろんなことはやっているつもりです。いくつかの会社と企業統合になりましたけど、全ての店が看板がケーズデンキということになって、いつも説明しておりますように、たとえば東北ケーズとデンコードーが一緒になればですね、テレビ宣伝が1つで済む、それから今まで両方で打っていたチラシ広告も1つで済むということで、販促費とかそういう面ではかなりのダウンになっていく。確かにダブった店を閉めたので多少の売上ダウンはありますが、代わりに出店を増やして、店舗の効率化を図っています。今年来年再来年と、どんどん利益が改善していくと思いますのでよろしくお願いします。
2009年中間決算 機関投資家向け説明会(ラージ・ミーティング)での加藤修一氏の発言
筆者なりに、機関投資家が「加藤社長の話を聞きたい」と思うポイントを解説してみましょう。
まず、市場動向。リーマンショックで急速に市場環境が悪化した中で、今後どうなるのか。加藤修一氏は「家電は実用品(必需品)であり、強い買い替え需要が下支えしている」、「短期的に大きく落ち込んでも、必ず反動が出る」「私の40年間の過去の経験から言っても、売り上げが1割以上落ち続けるという経験はない」と説明します。リーマンショック下でも「家電小売業については、あまり悲観的にならないでいただきたい」と強調します。
そのうえで、自社はどういうポジションなのか説明します。投資家は米国の流通市場動向をよく見ていますから、サーキットシティ破綻というなじみの深い話題から始め、「業界一位のポジションのリスク」、さらには日本市場と共通する部分、異なる部分を分かりやすく説明します。
そして、自社の取り組みです。「改革が進んでいない会社が、競争の厳しさの中で効率化が図れず脱落気味になっている」として、市場が厳しくなると淘汰される企業があるが、当社は違うと主張します。根拠として、着実に効率化を進めているとし、具体例として子会社化した企業の店舗の看板を統一するだけでも、大きなコストダウンを見込めると紹介します。そして、今は市場が冷え込んでいるので、コストダウン効果が相殺され売上は微増にとどまっているが、改革により収益構造が改善され、市場が回復すれば大幅な利益増が期待できると話します。
加藤修一氏は、説明会や講演で話す際に、事前に読み上げる文章を用意することはありません。しかし、リーマンショックという、ある意味特殊な状況下でも、『市場環境⇒自社のポジション⇒自社の強みや具体的な取り組み』と、投資家に対し、非常に説得力がある、理解しやすい、そして自信に満ちた説明をしました。市場が厳しい時に、証券会社のアナリストや投資家が、話を聞いて笑うことは珍しいものです。他量販企業の機関投資家向け説明会では、数字悪化について口を濁す経営者もいれば、会場が静まり返るような発言をした経営者もいました。加藤修一氏の場合、投資家が欲しがる情報を的確に伝えたうえで、従来通りの「家電業界では一番になった順番につぶれるので、一番にならないようにしよう」というブレない発言が出たので、会場の雰囲気もなごやかになったのでしょう。
単なる受け狙いや、慣れ合いではありません。筆者が請け負った機関投資家向けの ラージミーティングや個別相談会は、とても緊張感のあるものでした。 今後の勉強になればと、同僚の編集部員を1名を必ず同行させていましたが、同行した編集部員は口をそろえて、「あまりの緊張感で疲れた」「説明を求められるポイントが細かい上に深い。全く口をはさめなかった」などと話していました。機関投資家は巨額のお金を預かり運用するわけですから、情報収集や分析の視点が厳しいのも当然と言えば当然でしょう。
加藤修一氏が投資家と良い対話ができた背景には、長年の経験、積み重ねがあります。日本では、流通企業に限らず、「投資家との対話」を軽視する経営者が少なくありません。「事業が順調で利益が出ていれば文句はないだろう」「どうせ投資家には当社の事業のことなどわからないし、あれこれ言われたくない」――こんな意識も見受けられます。しかし、自社の事業や経営を理解してほしいなら、相手が理解するまで丁寧に説明することが必要です。加藤修一氏も、海外IRは当初お世辞にも上手と言えなかったそうです。しかし、証券会社の担当者からの良い意見はしっかり取り入れ、やがて海外の投資会社が「ぜひ会いたい」「加藤修一氏が話しに来るなら、普段IRミーティングに参加しない上司もぜひ参加したいと言っている」と高い支持を受けるほどにスキルを向上させたのです。家電に特化している事業構造、市場環境に左右されず売上が伸長しているという実績、そして加藤修一氏の発信力。ケーズホールディングスが投資家にとって見逃せない銘柄となったのも当然でしょう。
IRは経営者の仕事
加藤修一氏にとって、IR活動は会社の価値を向上させる経営者としての大切な仕事でした。従業員が自社株を持ち、自社の株価が向上することで資産を形成できるようにする、そのためには自社の価値を投資家に伝え、投資価値があると理解してもらう必要があります。その発信力は、先に紹介したラージ・ミーティングにおける発言のように、市場が悪化した時ほど他社との差を生みます。だからこそ、機関投資家も、流通セクターの中で家電量販企業としてケーズホールディングスに注目したのでしょう。
実際、30年の長期スパンで家電量販企業の株価推移をグラフにしてみると、以下のようになります。
量販企業の株価が大きく下落したのが2009年3月、リーマンショックです。これ以降、株価推移に大きな企業間格差が生じました。加藤修一氏が海外IRを本格的に始めたのはリーマンショックより少し前だったそうですが、国内外の機関投資家との対話を通して、ケーズホールディングスという会社を知らしめ、発信し続ける中で「ぶれない経営」を立証してみせました。その結果がこのグラフでしょう。
加藤修一氏は「IRは経営者の仕事」と常々話していますが、対話して理解してもらい、その後の経営状況で結果を出し、加藤修一氏の意見を信じた機関投資家の成果にもつなげる——これらのステップを経て機関投資家との間に「信頼」が生まれたのです。その信頼が株価に反映されるまでには最低でも3年はかかります。上のグラフで、ケーズホールディングスの株価が競合に比べて順調に上昇しているのは、加藤修一氏がIR活動で残した、そして今も生き続けている大きな資産と言えるでしょう。