馨氏のチラシに対する考えかた

新型コロナ禍の影響で多くの家電量販店がチラシ販促を縮小しています。チラシの判型(サイズ)を縮小する、毎週入れていたチラシを隔週にする、セール訴求や目玉商品を控える——といった取り組みが見られます。新店でも、人の密集を抑えるために、オープンセールチラシを自粛するケースも見られました。

一方で、2020年5月から特別定額給付金が支給され、さらに旅行などの外出自粛もあって、イエナカ消費が高まり、家電業界はその恩恵に浴しました。休業要請や時短営業があったにもかかわらず、家電需要は旺盛で、飲食店を代表とする多くの流通サービス業が苦戦する中、家電量販業界は2020年度は特需とも呼べる状況。チラシ販促を抑制し、営業時間を短縮しても業績は落ち込まず、むしろ販管費を抑制できたのです。

量販各社は、チラシで競合との価格競争を繰り広げてきましたが、今回のコロナ禍でチラシ販促の位置づけも変わってきそうです。実際、9月に入ってから、新聞折り込み広告にケーズデンキやヤマダ電機のチラシが見られなくなりました。空前の感染拡大となったコロナ第5波を受けて緊急事態宣言が出され、チラシ販促を自粛したものと思われます(店内では当週チラシを配布していました)。従来、折込チラシは郊外型家電量販店にとって一番の販促手段と言われてきましたが、その位置付けも変わってくるのでしょうか?

ケーズデンキ創業者の加藤馨氏はチラシ販促をどのように考えていたのでしょうか。すでに経営を退いていた馨氏が、自身の経験に基づいてFAXで本社に送ったチラシに関するアドバイスが残っているので紹介しましょう。

その前に、2007年~2008年という時期について補足しておきます。リーマンショックを引き起こした米リーマン・ブラザーズ・ホールディングスが経営破綻したのは2008年9月のこと。その前夜となるこの時期、ヤマダ電機は2006年に都市型店舗「LABI」をスタートさせ都市型店舗展開を本格化。2007年にはケーズデンキFCだった正一電気、ぷれっそホールディングス(マツヤデンキ、サトームセン、星電社)、ディスカウントストアのキムラヤセレクトを子会社化するなど、拡大路線を強力に進めます。コジマは2008年に全都道府県への出店を達成。ケーズデンキは、FCだったビッグ・エスや北越ケーズを株式交換で子会社化し、2007年にはデンコードーを子会社化。エディオンは2007年に100満ボルトを展開するサンキューと資本業務提携し、さらには東京エディオンを設立して関東への本格進出を図っていました。各社の拡大路線が各地で激しくぶつかり合い、まさに将来の生き残りをかけた戦いの真っただ中といえる状況でした。

まずは、2007年7月に加藤馨氏が本社営業本部に送ったFAXからの抜粋です。

6月30日配布の当社イメージ広告である「新製品が安いケーズデンキ 安さ・サービス日本一への挑戦」と言うのを除いてありましたが、これは大変な誤りで毎回チラシを作ってる人は毎回同じで、あきてるのかもしれませんが、毎回出るからお客様に信用されるので、これは会社の方針が変らないうちは何年でも続けることが大切です。当社のこの言葉は3社の中で一番良い文言で、他社にはこれに勝てる言葉がないので、省略したり毎回変わる文言にしているわけですから、ケーズデンキの生命線であることを理解してください。

2007年7月1日の加藤馨氏の直筆FAXより ※旧仮名遣いおよび旧字は修整しています

毎週、競合と比較しながらチラシを作成していると、どうしても自社のチラシをマンネリと感じ、変えたい気持ちになります。しかし、会社の姿勢を示す大切なキャッチフレーズは、「毎回同じく掲載されているからこそ、お客様に信用される」と加藤馨氏は強調します。目先のキャチフレーズで客を呼び込むことに腐心するものではない。掲載商品などの細かい中身は差し替わっても、会社の生命線は決して変えてはいけない——これは創業精神にも通じます。なお、このキャッチフレーズは、現在「新製品が安いケーズデンキ 安さ・サービスでお比べください!!」に変更されています。「日本一への挑戦」という言葉は変更されましたが、訴求内容は今も引き継がれています。

1年後の2008年7月に送ったFAXでは、もっと具体的にチラシのあり方についてアドバイスしています。

チラシ広告に関する件

一、チラシ広告は現時点では一番重要な宣伝手段となっているために水戸市内でも土曜日等には1回に60枚以上も入ってきます。そこでチラシを見る人の立場になってチラシを作る必要があり、以下参考事項を書きますから参考にして下されば幸いです。

1.チラシの型式は手に取って見るために横長のサイズが良い。
 ※横長は見やすい 実物のチラシを見て下さい。縦長はとても見づらいものです

2.チラシは今週買い物をしようと思っている人しか見ないものです。ですから毎回型を変える必要はなく、毎回内容を変えるだけでよく、毎回斬新なものを考える必要はありません。毎回見ているのは競争相手の電器店とかメーカーだけなんです。一般の人はたまにしか見ないものです。

3.時流(時の流れの情報)を無視しないこと。時流を上手に利用して一般のお客が関心を持っている商品はもれなく掲載するように心掛けること。売れ筋商品は毎週掲載するようにする。この商品は先週掲載したから、翌週ものせると同じように作る方は思いがちですが、見る方は同じ人が二度見ることはごくまれです。

4.毎回新しい見映えのするチラシを作ろうと思うと行きづまりになりますから同じで良いのです。その時期の重点商品の順にのせることです。特に気をつけることは、お客の方から見て好まない商品をメーカーに依頼されて大きくチラシにのせることがないようにしましょう。メーカーに特に依頼されている商品は、その種の商品の中でしまいの方に囲みをしてのせることです。

5.毎回掲載する事項はいつも同じ位置にすること。

以上

2008年7月14日に送信した加藤馨氏の直筆FAXより  ※旧仮名遣いおよび旧字は修整しています

すごいのは、「チラシは現時点で一番重要な宣伝手段」としながら、「チラシは今週買い物をしようと思っている人しか見ないものです」「毎回見ているのは競争相手の電器店とかメーカーだけなんです。一般の人はたまにしか見ないものです」と現実のお客様行動を理解している点です。今のようにネット通販やネットチラシでカバーしようとする時代ではありません。昔ながらの個人店からメーカー系列店、混売店を経由して量販店に育ててきた加藤馨氏は、本質をしっかり見極めます。

チラシ販促というと、毎週競合のチラシと価格を比較して、チラシ掲載商品の販売実績を見ながら訴求内容の反省会をするというのが一般的でしょう。しかし、加藤馨氏は、お客様は買いたいときにしかチラシを見ないのだから、「毎回見映えのするチラシを作ろうと思うと行きづまり」になり、非効率だと指摘します。それよりも、メーカー主導ではなく、あくまでお客様の目線でつくること、そのためにお客様にとって関心の高い商品、売れ筋商品をしっかり欠かさず掲載するようにと指示しています。

奇策でガンと売り上げを伸ばすことや、商品を競合よりも安い価格で掲載することは、単発ではできても、継続させることは困難です。それよりも、お客様が何か家電を買いたいときにチラシが目にとまり、お店に足を運ぶ気になっていただく、そしてお店の販売員が来店されたお客様に親切に対応し、商品選びも価格面でも納得いただける買い物を実現する——これが、お客様の支持につながる根本だと考えているのです。

即効性よりも種まきが大切

加藤馨氏の考え方は、加藤修一氏の「収穫を増やしたいからと、農薬や化学肥料を使えば一時的にはいいかもしれないが結局行き詰る。当社ではむしろ『収穫は焦るな、大切なのは種まきだ』と言っている。種をしっかりまいて、自然に収穫できるようになるのを待つのが一番効率もいい」(月刊IT&家電ビジネス2008年10月号 インタビュー記事より)という発言に通じます。

どの家電量販店でも、販売現場からは、チラシについて「目をひくお買い得品がないと朝に並ぶお客様が少なくなる」「もっと売れる商品を掲載しないと売上目標に届かない」といった声が聞かれます。大判チラシが入れば実績が伸びる、処分セールチラシが入ると客数が大幅に伸びる——これらはあくまで一時的な販促効果に過ぎません。チラシはあくまでお客様への挨拶状、将来に向けた種まきようなものです。大切なのは、なった実を自然に収穫できるように販売現場がしっかり育てることです。これは来店されたお客様に対し、親切に応対し、納得できる買い物ができるようお手伝いすることに他なりません。

もちろん販売現場からすれば、店舗にも個人にも売上目標がありますから、早く目標を達成したいという気持ちがあります。しかし、目先の数字を追いかけるばかりでは、買い替えサイクルの長い家電の場合、2年後、5年後のお客様の買物機会を失うことになりかねません。店長が代わっても、販売員が異動しても、お客様が信頼して店舗を利用できるよう、まかれた種をしっかり育て続けることこそが、会社の業績を安定成長させるのです。

ちなみに加藤修一氏は、IRで全国チラシカバー率を指標として、「まだまだケーズのチラシをお届けできていない世帯がたくさんあり、出店余地がある」と常々語っていました。コロナ禍でのチラシ抑制の動向をどのように見ているのでしょうか。

「昔はいろいろな量販店が水戸に進出してきて、チラシで安さを訴求しないと負けてしまう状況だった。でも、今は業界再編が進んで、競合の数が大幅に減った。チラシでお客様を奪い合うような争いもかなり落ち着いた」と加藤氏。「新型コロナ対策として緊急事態宣言が出たエリアでは折込チラシを自粛しているんだろうけど、状況が落ち着いたらまた再開するんじゃないかな。でも、チラシを入れなくても、営業時間を短くしても業績が大きく下がらないなら、今後販管費はもっと抑えられるようになるかもね」と前向きに捉えています。

「こうするのが定石」といった販促の考え方は、競合との戦いの中では、なかなか見直しにくいものです。新型コロナという外的要因によりチラシを自粛せざるを得なくなったことは、固定化した販促のあり方を考えなおす良いきっかけだったのかもしれません。ただし、注意したいのは、単に販管費を抑えることが目的なのではなく、お客様との長く強い信頼関係をいかにして築いていくか、という本来の目的を見失わないことでしょう。

今後チラシの必要性は?

ちなみに筆者個人は、郊外量販店にとってチラシ販促はまだまだ必要と考えています。新聞購読世帯が減少しているとはいえ、地方や高齢者世帯にはネットチラシやSNSを使えない人が今も多くいます。そういう人に郊外量販店は寄り添う必要があるでしょう。また、どんな会社でどんな店舗なのか知らないお客様に向けて、チラシという「挨拶状」をしっかりお届けすることは大切です。いつも使っている電気店が閉店した、あるいは不満を感じたというときに、チラシという挨拶状は自店に来店いただくきっかけになります。派手なチラシは不要でも、「いつでも気軽にご来店ください。お待ちしております」という挨拶はこまめに続けるべきではないでしょうか。

都心部の利便性、あるいはデジタル化の波に慣れ親しんでいる人には理解しにくいかもしれませんが、ネット通販がリアル店舗をなかなか駆逐できないように、紙のチラシにもデジタル販促に簡単に置き換えられない存在意義があります。新しい家電が出てもニュース等で知る人はほんの一部です。こんな便利な家電が出たと知らせる、これからのシーズンにこんな家電はいかがですかと提案する、そういったコミュニケーションの手段としてチラシにはまだまだ果たすべき役割があると思います。加藤馨氏が指摘するように、チラシは「 一般の人はたまにしか見ない」ものですが、だからこそ、大切なメッセージを「常に出し続けてお客様に信用される」役割があるのではないでしょうか。

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