誠意に勝る敵はなし
「誠意に勝る敵はなし」――これは常々加藤馨氏が強調しつづけた商いの哲学です。2004年に子会社化した八千代ムセン電機に出向する役員が柳町事務所に挨拶に来た際にも「誠実が一番の事業発展の道と話した」と加藤馨氏の日記に記されています。
以下に、平成3(1991)年4月18日に開催された第四十四回カトーデンキ創業祭における、当時の加藤馨会長の訓話を紹介します。
社員の皆さん、本日は、県内はもとより遠く県外から、当社44周年記念式典に、早朝より多数ご参加頂きありがとうございます。
早いもので、昭和22(1947)年3月6日わずか3坪のボロ家を借りて営業を始めてから44年の歳月がたちました。当時を振り返りますと、日本は戦争に負けて主要都市の約7割は戦災を受け、水戸市も焼け野原同然同様のありさまでした。創業当時は、売る物が極端に少ないため、いかに商品を仕入れるかが仕事みたいなものでした。どのような粗悪品でもよく売れましたが、その代表格は電球でした。当時の電球は、今では想像もできませんが、一週間ほどしか、もちませんでした。それでもローソクよりは明るく安全かつ割安であったのでよく売れました。
このような状況の中でスタートし今日に至っているわけですが、私は商売において、儲けることも必要だが、世の中の人々のために役立つことが第一であるという心情をもって、今は亡き家内と一緒にやってまいりました。3坪の小さな店から、今は茨城県第一の売り上げを誇る家電量販店に発展した原動力は何かと申しますと、それは、仕事始めに唱和する「わが社の信条」及び四つのキャッチフレーズ、「品質がよい」「値段が安い」「サービスが良い」「安心してお買物のできる店」を社員全員が守り実行してきたことにあります。この考え方を、私は毎日の商売の中で会得しましたが、いまだにこれに勝る商い(あきない)哲学はないと確信していますし、真理であると思っています。
皆さんは、三年程前に亡くなりましたが、松下幸之助先生という人をご存知だと思います。私はこの先生から講習会等で何度もお話を聞く会がありましたが、彼は人一倍頭脳が明晰、能弁家というわけではないが、非常に誠意にあふれた人でした。そういう人ですから、優秀な人材が彼のまわりに沢山集まりました。その優秀な社員の活躍で、松下電器は世界の松下に成長・発展したのはご存知のとおりです。
皆さん、この例でおわかりのように、人間にとって一番大切なのは誠意です。誠意があれば、たとえ口下手であっても心が通じ、お客様にあの人から商品を買いたいと思われるようになります。“誠意に勝る敵はなし”という言葉がありますが、誠意こそ商売繁盛の基本です。また、人間は礼儀正しくなくてはなりません。なぜなら礼儀が誠意につながるスタートであるからです。礼儀正しくなければ誠意は通じないものです。
皆さん、礼儀正しく、誠意ある態度でこれからも頑張って下さい。
商売においては、儲けることも必要だが、世の中の人々のために役立つことが第一である――その思いで故・芳江さんとともに会社を大きくしてきたと加藤馨氏は振り返ります(馨氏と二人三脚でカトーデンキ発展に貢献された芳江さんは、カトーデンキが株式店頭公開を果たした昭和63(1988)年、病のため亡くなりました)。「誠意に勝る敵はなし」という言葉は、加藤馨さんが商売をする上でのモットーであり、会社を大きくした後に振り返ってからも「間違いなかった」と実感した商いの基本なのです。
加藤馨氏は、松下電器産業(現パナソニック)創業者である松下幸之助氏を引き合いに出します。松下幸之助氏は「人一倍頭脳が明晰、能弁家」ではないが「非常に誠意にあふれた人」だったからこそ、「優秀な人材が彼のまわりに沢山集まり」、その優秀な社員の活躍で「世界の松下に成長・発展した」と指摘します。組織は、トップのスタンドプレーで発展するものではありません。そもそも一個人の力で伸ばせる業績には限度があります。集団の力を発揮してこそ、力強く継続的に業績を伸ばすことができるのです。
また、優秀な人間ばかりを集められるわけではないでしょう。優秀な人が集まるようにするには、「誠意」「努力」が必要です。さらには、集まった人たちが力を発揮する環境を整えることも大切です。特に小売業は必ずしも人材に恵まれた業界とは言えません。そこで、加藤馨氏は「適材適所」「分業」で個々人が力を発揮できるように努めました。また、社員を株主にし資産形成を可能にするなど、社員の人生設計を「誠実」に考えました。社員数がまだ少なかったころには、採用する社員の家族に挨拶に伺い、ご両親が安心して会社に子供を任せられるように会社について説明し、採用する社員はもちろん家族の人となりまで理解しようと努めました。
「がんばらない経営」は、加藤馨氏から加藤修一氏へと経営のバトンとともに引き継がれた経営思想です。しかし、「がんばらない経営」は決してトップの活躍が目立つ経営ではありません。組織として「社員一人ひとりが活躍する」ようにする経営であり、逆を言えば個人のスタンドプレーに頼らない組織運営と言えるでしょう。力のある人が力のない人をおとしめるのではなく、互いに誠意をもって協力し、お客様に対しても何も恥じるところのない「誠実さ」で対応する――そんな組織を理想とし、常に目指しているのです。
そして、その誠意は、まず「礼儀」から始まると加藤馨氏は強調します。会社内、お客様、取引先――あらゆる人間関係において「誠意」が必要です。そして、相手に対し礼儀正しくなければ、そもそもそこに「誠意」は存在しません。礼儀や誠意というものは、部下が上司に対して一方的に恭順の意を示すことではありませんし、取引先に対し優位性を誇るためのものでもありません。礼儀が誠意につながるスタートである――このことをしっかり理解、徹底することが「がんばらない経営」のスタートなのです。